寒い冬の休日のおともに

外は寒い風、時間に縛られず、昼間から温かいベッドにもぐりこみ、夢うつつのなかで読む小説は最高。

◆川端康成『眠れる美女』新潮文庫

英語にすると「sleeping beauty」というタイトルになり、まるでディズニーやペローの童話を髣髴させるが、眠りが仮死を意味しているのは同じにしても、本作はまったく異なる、老いと性の物語である。

男性であることを失い、あとは死に向かうのみという老人たちの寂寞と厭世を慰めてくれる「眠れる美女」。
本編には6人の「眠れる美女」たちが登場し、彼女たちはひたすらに眠っているだけなのだが、そこは作者川端、6人の特徴を細部にわたって執拗に描く。

面白いのは、「眠れる美女」の描写に限らず、主人公の江口老人は彼女たちに添って眠るうち、昔の愛人や娼婦、妻、娘、そして男性にとってはある意味最大のタブーである「母」のことまで回想が及んでいくことだ。

「眠れる美女」は、冒涜にしろ憧憬にしろ、過去の女性を思い出すための、誘発剤としての位置づけなのかもしれない。だからこそ、「娘ももう一人おりますでしょう」という女将の空恐ろしい一言が重みを増す。


「計り知れぬ性の広さ、底知れぬ性の深みに、江口は六十七年の過去にはたしてどれほど触れたというのだろう」
これは川端本人の想いではなかろうか。


本作の映画版が年末に渋谷で公開されていたようだ。監督はドイツ人、舞台はベルリン。わたしは未見だが、ベルリンというと、リリアーナ・カヴァーニの印象もあって、一層の妖しさがつのる。

しかし、できるものなら、ヴィスコンティが撮っていたらなあと。
勝手にキャスティングしてみますと…。

主演は、『山猫』で老いを演じきったバート・ランカスター。6人の「眠れる美女」には、ヴィスコンティの愛した女優たちを配置、特に6人目の死んでしまう「黒い娘」には、クラウディア・カルディナーレ。

特別出演として、回想シーンに出没する「わたしは夜眠る前に目をつぶって、接吻してもいやでないと思える男の人を数えてみるのよ。楽しいわ。十人より少なくなると、さびしいわ」
とのたまう賢夫人役には、シルヴァーナ・マンガーノが適任かと。

…想像は膨らみつつ…なんにせよ、この頽廃の週末から、月曜日に向けて社会復帰できるようにせねば…。

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「『眠れる美女』は、形式的感性美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品である」(三島由紀夫)
by chatelaine | 2008-01-26 01:26 | BOOK

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko
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