『ホテル・ルワンダ』レビュー/アフリカ合衆国…

小雨の降る夜の渋谷で、『ホテル・ルワンダ』を観た。視聴覚教室のような小さな映画館は、夜の回でも満席で、この映画の人気ぶりを実感。

お正月にBSで特集がされていて、すでにあらすじは知っていたし、いくつかの悲惨なシーンも観ていたので、映画館ではそこまで衝撃を受けないだろうと思っていた。けれど、本作はドキュメンタリーではない。ストーリーを通して観ると、やはり感情移入もするし、ドキュメンタリーのように客観視することはできなかった。


なによりも、ドン・チードルは、あまりにも違和感なくポール・ルセサバギナだったように思う。私は実際のポールを写真でしか知らないが、私の中で、ポール像は彼以外考えられないほど、ドン・チードルでおさまってしまった。


緊迫したシーンのつづく本編の中で、心臓がぎゅっとつかまれるような感覚をおぼえ、息ができないような瞬間もあったけれど、涙は出なかった。あんまりにも負の描写が多すぎて、涙腺が麻痺していたのかもしれない。

それなのに、エンドロールの歌を聴き、その歌詞を読んで、泣きそうになった。終わってほっとしたのだろうか、自分でもよくわからない。

いま、そのメロディを思い出しただけで目頭が熱くなるくらい、ルワンダの悲劇をうたったその歌は、ルワンダの歴史のかなしみを包んでいた。


【以下ネタバレあり】






観ているあいだは、ただひたすら、統率されていない民兵たちの蛮行に恐怖を感じたけれども…。
では、ルワンダを見捨てることは?蛮行とはいわないのだろうか…。

「ルワンダに、救う価値はない」

この決定を受けて、国連軍もメディアも、自分たちの無力さを痛感しながら退去していく。救いの手を失ったツチ族の恐怖はもちろんだが、去る側のむなしさと悔しさもまた、どれほどだっただろう。
殺される人を目の当たりにしながら、なにもできないことの、いらだち。

とくに記者たちは、たとえ映像を流しても、なにも起こらないだろうことを、自国の無関心を、よくわかっている。

「テレビで映像が流れても、怖いわね、と言ってディナーを続ける」

これは私にも当てはまることで、私としては、本当に恥ずべきことだと思う。
けれども本作は、観る人に対して、もっと関心を持つべきだったとか、なにか行動を起こすべきだったなどと、おしつけがましく反省をうながしてはいない。

「歴史を知れ、と言いたい」

ただ最後に、エンドロールの歌を聴きながら、この、冒頭のラジオ演説のセリフが思い出された。
by chatelaine | 2006-01-30 23:48 | CINEMA

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko
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