『キング・コング』レビュー/人間のエゴ、野獣の恋

今年の劇場映画鑑賞の1本目として、『キング・コング』を観にいった。悲恋モノだと聞いていたから、もしかするとと思っていたが、やっぱり初泣き。隣の人もグスングスンいってるものだから、同じタイミングで鼻すすっちゃったりして、ちょっと気恥ずかしかった…。

島の原住民への恐怖感、森林の中での緊張感、恐竜に追われるシーンのスペクタクル感、キング・コング(アンディ・サーキス)とアン(ナオミ・ワッツ)のこころの交流、破壊されるNY…。
どの映像も期待以上だったけれど、ともかくボリュームがすごいので、ここでは一番気になった人物像に焦点を当ててみようと思う。

あ、オリジナルは未見なので、あしからず。


【以下、ネタバレありのカール考】






作家の書く作家像が興味深いのと同様に、映画監督が撮る映画監督像もまた、自身が投影されているという点で、興味深い。

強引にクルーを島へ連れていく映画監督カール(ジャック・ブラック)。映画に対する執着と、偏執的なまでの固執は、本作に心血を注いだピーター・ジャクソン監督の執念を投影しているかのようだ。

とくに、フィルムを失ってからも、コングを生け捕りにしようとするカールの不屈の精神に、すっかり痩せてしまったジャクソン監督を重ねてしまうのは、私だけではないはず。


味方が戦っていようが追われていようがおかまいなしで、フィルムをまわし続けるカール。すべてはカールの野心にはじまり、元凶だと言えなくもないのに、そんな彼を、どうして誰も責めないのか、はじめは疑問だった。

人にはそれぞれの戦い方があって、おそらく、カールの戦い方は、撮ることなのだろう。「ペンは剣よりも強し」と言うが、「ペン」を「映画」に置き換えても、成り立ちそうな気はしなくもない。
そして、クルーはみんな、そのことを了解している。(理解、ではないかもしれないが)


「カールは、愛するものを破壊せずにはいられないんだ」
終盤のこのセリフを聞いて、マンガ『NANA』のあるページを思い出した。
「なにかを愛するためには我慢が必要なのに、なぜ神様は、人間を、我慢できないくらい愛するように創られたのでしょう?」

がまんすること。
本作で、結局自分の欲望をいちばんがまんしたのは、人間ではなく、キング・コングではなかろうか。

わが身をかえりみず、打算なしにアンを守るコングの姿に、未来の悲劇を読み取れて、泣けてきた。『美女と野獣』というけれど、コングは決して王子様にはなれないし、言葉を交わすことすらできない。
たったひとつ、夕焼け(朝焼け)をみて、「beautiful」という意思疎通をするだけ。

悲恋に涙する一方で、人間のエゴを再認識する超大作だった。

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【もうひとこと】
船長を演じたトーマス・クレッチマンは、オイシイ役だったよね。エイドリアン・ブロディよりも活躍していたような(笑)。見るからにワケあり感がただよっていて、金で言うことをきくくせに、ピンチのときはいつも助けに来るのだから。こういう、ちょっと偽悪家ぶった人って、私は好き。
by chatelaine | 2006-01-04 23:36 | CINEMA

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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