『鑑定士と顔のない依頼人』レビュー/模造品の愛に価値はあるか

今年の映画初めに、新宿で『鑑定士と顔のない依頼人』を観てきた。
全編を取り巻くどこか不穏な空気。ラストでその不穏さの正体がわかり、唖然として、その衝撃から一息ついてみれば、これ、けっこう好きな作品かもしれない。リピーター割引があるのもうなずける。
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ベテランの鑑定士ヴァージルを演じるジェフリー・ラッシュ、当初は人間嫌いで神経質でソツもなくニベもない紳士だったのが、最後には愛におぼれてボロボロに乱れた男に変貌するのが印象的。「顔のない依頼人」のおかげで人間への愛を知ったわけだけど、ただ、遅すぎる愛は代償が大きかったね…。
ラスト、チェコのカフェで「連れがいる」と言った彼の気持ちやいかに。

そして、ヴァージルの秘密のコレクション部屋は圧巻。
昨年、横浜の「プーシキン美術館展」で観た、ルノワールの「ジャンヌ・サマリーの肖像」も飾られていたし。これって本物が撮影に使われているのかな?だとしたら時価総額いくらだ…。

【以下、ネタバレあり】










最初は、「顔のない依頼人」は、老鑑定士の妄想では?と思ったぐらいなんだけど、事実、ヴィラの隠し部屋に女性は実在する。それも絵画から抜け出してきたような美女が。
ヴァージルが、部屋から出てきた女性を覗き見するシーンなどでは、これがクライマックスではないかと思えるほどの緊迫感である。

だから途中までは、この女性・クレアの謎と、彼女に惹かれていくにつれて変化するヴァージルの心情が主題なのかなと思っていた。老いらくの恋が叶って、いざ蜜月という段になって、空っぽのコレクション部屋の衝撃…。

こういう映画って、この瞬間から過去が巻き戻っていくよね。あのシーンはそういうことだったのか、と答え合わせするような。観ている側も、してやられたと思いつつ、この時間が心地よい。
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ヴァージルに残されたのは、完成したオートマタと、クレアの母の肖像画。
オートマタのピースがはまっていくごとに、ヴァージルは恋の進展を重ねていたけれど、実は設計された自動人形のように、すべて仕組まれた罠だったとは、なんという皮肉。

あと、クレアの母の肖像画の、相棒ビリーからのメッセージはいつ書かれたものだったのだろう。 ビリーもこのお芝居に一枚噛んでいたということだよね。画家としての才能を認めてもらえなかったことが動機なのか。だとしたら、ある種の復讐劇ともいえる。

また、ヴィラの前のカフェの女性、数字に強いのは伏線だとは思っていたけど…。彼女の伝える客観的な事実が、ヴァージルに真実を告げ、彼の淡い希望を打ち砕く。
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芸術は模倣できる。そして模造品すら価値がある。このことは贋作を収集している女性コレクターが登場していることからもわかる。
では、愛が芸術だとすれば、愛を完全に模倣することはできるのか。また、模倣の愛だとわかっても、そこから悦びや価値を得ることはできるのか…。
これが、鑑定士がすべてを失ってわかった、本作のテーマだったのかと思う。

by chatelaine | 2014-01-23 23:39 | CINEMA

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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