舞台『渇いた太陽』レビュー

シアタークリエで上演中の舞台『渇いた太陽』を観に行ってきた。アメリカを代表する劇作家、テネシー・ウィリアムズの原作で、上川隆也と浅丘ルリ子のW主演。
上川さんは好きな俳優で、何度か舞台でも観たことがあるけれど、ルリ子さんの芝居を観るのははじめて。客層も、観劇にしては珍しく、ルリ子ファンかと思われる中高年の男性が目立っていた。
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上川隆也の野心的でギラギラした役は、「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンに重なった。あれは地中海の太陽だったけど、本作はテネシー・ウィリアムズらしい、南部アメリカの太陽。特に奴隷制度の話題が出てきてからは、一気に時代と場所のイメージがクリアになった。

浅丘ルリ子は、大女優役としての第一級のエレガントさと、若いジゴロにすがらねばならない自信のなさを使い分けていた。迫りくる「老い」に怯える女優の両極を見た感じ。
それにしても、浅丘さんはカーテンコールのお辞儀が大層美しく、ベテラン舞台役者の美意識を感じた。余談だけど、美輪さんの舞台での所作もすごく麗しいのよね…この辺は若手俳優にはない美学。


一幕はやや冗長で退屈だったけれど、二幕からクライマックスにかけて、上川演じるチャンスの過去が明らかになるにつれ、緊張感はうなぎのぼりに。
美貌と若さと根拠のない自信を武器にしながら、安直で短絡的で浅はかともいえるチャンスが、事実を知ったときの打ちのめされた様子たるや。

二幕の上川はひたすら酩酊状態で、自分に都合の良い考えを主張するのだけど、この演技力がすごい。
あとは、何と言ってもラストの緊迫感。前段で、野次を飛ばした男のリンチシーンを見ているだけに、ホテルの部屋に迫り来るKKKの覆面が空恐ろしい。

美の喪失、去勢、子宮の喪失、若かりし頃の時間…。
はたして、何が一番致命傷なのか?静寂の中、主演のふたりは顔を見合わせ、幕となる。

これまで、あまりアメリカ文学には触手が伸びなかったのだけど、テネシー・ウィリアムズはまとめて読んでみたいかも。彼自身も波乱に満ちた生涯だったようだし、興味深い。
by chatelaine | 2013-12-21 23:28 | STAGE

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko
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