絵本あれこれ

先の美術展『レオ・レオニ 絵本のしごと』で、息子にレオニ作品を読み聞かせるうちに、わたしの絵本熱が上昇してしまった。

大人になってから本を音読する機会なんてほとんどなくて、子どもが生まれ、絵本の読み聞かせをするようになって、そうして久方ぶりに音読するようになったのだけど、そのたびに、ああ、なんて日本語って美しいんだろうと思うこと多々。
また、音節でゆっくり区切って読むものだから、情感がこもってしまって、読んでいる方が泣けてきたり、行間にこめられた様々な思いを感じたり。

子どものためというよりも、大人になったいまだからこそ響く作品がたくさんあることに気づいて、もっと絵本を楽しみたいなあということで、絵本選びの参考にと買ってみた。

子どもと読みたい100冊の本 (日経ホームマガジン)

日経BP社

スコア:


で、パラパラと読むうちに、ピンとくる言葉があったのでメモ。

「最近の育児について「親がかまいすぎ」だと感じている。子ども同士のトラブルにならないよう、先回りしてその芽を摘んでしまうのだ。だがそれでは本当の友達関係を築けない。(…中略…)親が介入するようになったので、子ども同士で解決する力が付かない。けんかすることで相手の痛みを知り、自分がどうすればよかったのか、これからどうすればいいのかを知るのです。」

⇒直接絵本とは関係ないのだけど、首肯しまくり。幼児同士のいさかいって、日常的にあるものだけど、揉めはじめるとすぐに親が引き剥がすよね。

公園で遊具を取り合う際にも、
「すみません。ほら、○○ちゃんに貸してあげて。『ごめんなさい』でしょ!」
「○○くんこそ、順番、順番よ。『貸して』でしょ!」
という親のやりとりは頻繁に見られる。

もちろん、親の方も気を遣って、ということなんだろうけど、確かにこれではケンカのひとつもできない。かといって、片方の親がぐっとこらえて口を出さずに見守っていても、もう片方の親に、放置していると誤解されるのも困るし。

こうなってくると、「子どものケンカもある程度までは口を出さず見守ろう」という決め事のある場をわざわざ作らないと、成り立たなかったりする。
この、現実では難しくなりつつある「ケンカ」を絵本の中で知るというのは、ひとつの解決方法ではあるかも?と納得した次第。


そして、次に引っかかったのが、こちら。

「子どもに正しい答えを与えようとして本を選んでいるのではないでしょうか。だけど正しい答えだと思っていたものが、実は親の価値の押しつけだったりする」

⇒ドキッとした。そんなつもりなくても、無意識のうちに、「この本はよさそう」と思って選ぶことって、わたしも含め、多いと思う。子どもの嗜好が定まっていない時期ならなおさら。

確かに、「よさそう」ってなんだろうね。子どもにとって「よい」のと、親にとって「よい」のは違うのにね。考えさせられる。
わたし(親)がいいと思ったものしか認めない。それ以外は悪だ。なんてのは論外としても、親の価値観を押し付けることをいっさいしない子育てなんて無理だから、そこはバランスだと思うけれど。


わが息子の場合、好きなものがはっきりしていて、「電車」「宇宙」「世界地図(国旗)」の類の絵本はたくさんあるのだけど、いわゆる昔話とか童話などの虚構の世界には、あまり関心がない様子。
けれども、好きな分野の本ばっかり買い与えて続けていいのか?
他の分野にも目を向けるように誘導する(親の価値観?)のはいけないのか?
などなど、悩まされているところ。

でもこの雑誌を見て、もっと自由に、直感で絵本を選んでもいいのかも、と思った。
たとえ息子に、この本好きじゃない、と言われても、そんなのたいした失敗じゃないはずだから。
by chatelaine | 2013-08-08 23:18 | BOOK

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko