舞台『ドレッサー』レビュー/演劇を愛する人々へ

世田谷パブリックシアターで上演中の舞台、『ドレッサー』を観に行ってきた。
ロナルド・ハーウッドの脚本で、三谷幸喜の演出による、いわゆる「演劇バックステージもの」の作品。
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喜劇作家として定評のある三谷幸喜が選んだ作品にしては、思いのほかシリアスな展開で、前半はともかく後半は特に深刻なトーンの濃い悲喜劇なのだけど、演劇愛という点についてはさも三谷幸喜が好みそうだなあと。
老いてなお演劇に対する執念を体現した、高齢で心身喪失気味のシェイクスピア劇団座長と、彼を支えてなんとか上演にこぎつけようとする付き人(ドレッサー)のお話。

ハーウッドの舞台作品は、今年に入ってからも「テイキング・サイド」を観たのだけれど、対話劇ということもあり、セリフ量も多く、言葉運びが大変な印象。
本作でこれをやってのけるのが、ドレッサー役の大泉洋。のっけからのコミカルでおどけた演技はさすがで、座長を守り立てながらも小ばかにするような軽妙なテンポも小気味よく、客席からの笑いも随所で起こりつつ、前半は進む。

しかし、終盤は、ドレッサーの内に秘められた怒りや嘆きを噴出させるシーンもあり、「私の友人の話ですがね」という枕詞ではじまる彼の話は、なんとなく過去に深い闇を感じさせる。心の奥に暗い感情を抱えたまま、おどけてふるまう道化師のように、ときおり見せる暗部の片鱗がうまいなあと思った。

対する老座長の橋爪功も、リア王の王冠に執着したり、「満員御礼!」と言われれば意欲を燃やすなど、舞台に立つことへの情熱は激しいけれど、それ以外はのらりくらりとした役柄を、かわいらしく(といっては失礼だけど)好演。おじいちゃんの(というのもまた失礼だけど)白い下着姿って、情けなさと可愛らしさがあいまって、なんともキュート。

ラストは、カタルシスがあるわけでもなく、しっとりとした死の中で幕が降りる。座長の死により、ドレッサーの、道化の仮面がはがれたような慟哭が伝わってきたのは、他の三谷作品ではないようなシーンだった。
ただし、その後のカーテンコールはご愛嬌。演劇愛でいっぱいの悲喜劇だった。
by chatelaine | 2013-07-09 23:42 | STAGE

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