『フランシス・ベーコン展』レビュー/異形の肉体

東京国立近代美術館で開催中の『フランシス・ベーコン展』を観に行ってきた。1人時間が取れなくて、4歳の息子と一緒に行くことになったのだけど、はたして幼児がベーコン作品にどういう反応をするのかちょっと楽しみだったり。
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しかし、子連れの美術鑑賞は、大人の思い通りには行かない。
美術館到着後、すかさず前庭にある「夏の家」を見つけて、「遊んでいい~?」から小1時間が経過、やっと美術館に入ったときには、「疲れちゃった」とのことで、館内のベビーカーを借りて鑑賞。
確かに、スタジオ・ムンバイ制作の「夏の家」は、春のうららかな日にはもってこいの、ほのかに木の匂いのする、なごみスポットだった。
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館内は展示スペースも広く、そこまで混雑していなかったので、ベビーカーでもさほどストレスなく鑑賞できたのはよかったけれど、息子は絵をみるなり、「暗いね」「変な顔だね」「なにこれ変なの」と好き放題言って、すぐに眠りに落ちてしまった。
結果、自分のペースで観られたのはいいのだが、あれこれ言いながら一緒に観ようと思っていたのに、なんだか肩透かしをくらった気分…。

とはいえわたしも、このフランシス・ベーコンという画家にはまったく予備知識がなく、ただただチラシの絵「ジョージ・ダイアの三習作」の衝撃と、公式HPの有識者たちのただならないコメントに触発されて観にきただけなので、あまり色々と考え込まず、自然体で鑑賞することにした。


暗い色づかい、透明な箱に入れられているような狭さ、表情がぼかされた顔、さらには絵と鑑賞者を隔てるガラス。絵の中の見えない顔が、触らないで、こちらを見ないで、と叫んでいるような気がして、少しひるんだ。

チラシで見た、殴られた後の顔のような連作は、「三幅対(トリプティック)」というらしい。三位一体というフレーズを髣髴させるこの言葉は、なにかキリスト教的な意味があるのだろうか。あるいは単に、三方向からの肉体の描写というだけの意味か。そこにある意味を深掘りしたいけれど、なんだか深みにはまりそうで、こわい。

ベーコンの描くポーズは、異形の肉体といっても過言ではないほど奇抜な身体表現だが、それを実際に演じてみようとする人たちがいるのだから、それもまたすごい。エピローグのインスタレーションは七転八倒しているようにしか見えなかったけれど…。
とりわけ「三つの人物像と肖像」という作品などは、肉体への執着という点で、なぜか三島由紀夫的なものを想像してしまった。


ベーコンはピカソと同じ時期に活躍したいうことで比較されているが、わたしがピカソを愉しいと感じるようになったのは20歳を過ぎてからだった。(それまではむしろ苦手な画家だった)
30歳になった今、ふとしたきっかけでベーコンに興味をもったのも、偶然ではないのかも。
by chatelaine | 2013-04-27 23:37 | ART

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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