舞台『今ひとたびの修羅』レビュー/任侠道の美学

新国立劇場で上演中の舞台、『今ひとたびの修羅』を観にいってきた。
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堤真一×宮沢りえという配役に惹かれての鑑賞。いのうえひでのりの演出ということで、任侠ものなのに大音量の音響は変わらずで、なにより、客席側に向けられた照明の使い方がとても印象的だった。

今回、「任侠もの」というジャンルの芝居自体をほとんどはじめて観たのだけど、男の義理と人情、それに振り回される女の愛、という形式美は、歌舞伎などの伝統芸能に通じるような気がして、子どものころ、祖父母と見ていた時代劇の風景が目に浮かび、懐かしさを覚えた。

義侠の世界に生きるゆえ引き裂かれる男女、という設定がメロドラマっぽいのだけど、もう主演の2人が美しすぎてお似合いすぎて、メロドラマ万歳!という感じ。下手をすると、古臭いとなりそうな設定を、まわりの登場人物のコミカルさや、大正から昭和への時代の変わり目みたいなものも感じられ、知らない世界を感じ取ることができた。

また、宮沢りえの、着崩した緋色の襦袢姿が艶っぽく、乱れた髪も悩ましい。緋色の長襦袢って、てっきり娼婦や遊郭の印かと思ったのだけど、そういうわけではなく、普通に、現代でも若い人は着物の下に着たりするらしい。わたくし、このあたりの文化は本当に無知でして…。

無知といえば、本作では、「渡世人」など、聞いたこともない言葉がたくさん出てきていた。任侠の世界では普通に使われている言葉なんだと思うけど、パンフレットで確認して納得。あとは、昔の深川あたりの地名にも興味津々。今度、町歩きしてみたいなあ、などど、のんきなことを思いつつ。

最初と最後の、男衆の出入りのシーンは迫力満点。岡本健一のやくざな姿もなかなか格好よくて、ラストは桜吹雪が散る中での堤真一と宮沢りえの熱い抱擁。その無言の抱擁が、まるで1枚の絵画のように、任侠の世界を体現していた。
by chatelaine | 2013-04-17 23:22 | STAGE

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko
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