『別離』レビュー/真実に纏いつくあいまいさ

昨年、ベルリン映画祭史上初の作品賞・女優賞・男優賞の3冠を達成し、アカデミー賞の外国語映画賞を受賞したイラン映画、『別離』を観に行ってきた。
ベルリン映画祭が話題になるたびに思うけど、「金熊賞」「銀熊賞」って、ネーミングがすてき。ベルリン市の紋章が熊だから、という理由らしいけど、妙に意味深で高尚な感じがする。

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本作は、結果的にある家族がバラバラになる話で、宗教、男女間・階層間格差、介護、教育と、イランが近代化するにつれて膨らんできた社会問題をいくつも扱いながら、決して難しい内容ではなく、むしろふとしたことから露呈する迷いや葛藤、嘘、弱さを描いている。
シンプルな作品タイトルからも想像が広がるように、受け止め方がいろいろありそう。

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ある中産階級の家庭。進歩的な考えの妻・シミンは、娘の教育のためにイランを出たくて仕方がない。対して、夫・ナデルは、父親の介護のためイランを出る気はない。シミンは、移住のために夫との離婚を認めてほしい、と離婚調停に訴えるが、裁判官は訴えをしりぞけ、さしずめ作品全体のオープニング・クエスチョンのように、シミンに問う。
「あなたはイランが子どもを育てるにふさわしくないとお考えなのか?」

日本で子育てするわたしにとって、イランという国を、「子育てするにはふさわしくないと考える」のはたやすいことだ。しかし、生まれ育った地を捨てて、家族と別れてまで子どもと移住するという主張に、ふと、福島での原発事故が頭をよぎった。
あの地震直後の日々に感じた、放射能の言いようのない不安。本気で移住を考えた人も多いと思うし、実際、 日本ではもはや子どもを安全に育てられないのではないかと、海外脱出を試みた家族もいると聞く。

わたしには移住の決断はできなかったが、シミンのこの決意には、原発問題ときの自分の心境に近いものを感じ、親近感をおぼえた。
が、夫が離婚に同意しない以上、娘を伴っての移住は不可能。娘の方も、冷静を装いながらも、なんとか両親の仲を取り持とうとするのが、見ていて痛々しい。

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しびれを切らして実家に帰った妻の代わりに、夫は、ラジエーという、自分たちよりも階級の低い女性に介護を依頼する。そして、この敬虔なムスリムであるラジエーとの間でいさかいが起こり、生命倫理に関わる事件に発展する。
事件の渦中で見えてくる、社会の階級差による価値観・倫理的のギャップが興味深い。イランといえばイスラム国家で、全体主義的なイメージがあったが、現実には、信仰心に対する思いや金銭に関する感情は、階層や性別によって多種多様なんだなと感じた。


【以下、ネタバレあり】











「なぜラジエーは流産したのか?」
真実はひとつのはずが、まるでミステリーを見ているかのように、関係者の証言は入り乱れる。

「ラジエーが妊婦とは知らなかった」と証言したナデルは、娘にだけは「実は妊婦だと知っていた」と打ち明ける。
「ナデルに押されて流産した」と主張していたラジエーは、コーランに誓えるかと問われ、「流産のほんとうの理由はわからない」と土壇場で意見を撤回する。

ラスト、別れを決意した両親のどちらについていくか、娘・テルメーの出した結論は、観客にはわからないままだった。
そしてまた、福島原発事故の影響は、現状もうそとほんとうが入り混じり、本当のところは「わからない」ままだ。

人間のあいまいさと弱さは、多くのすれ違いと悲劇を呼び、無情な別れに至らせるものだと、あらためて感じた作品だった。
by chatelaine | 2012-04-20 23:34 | CINEMA

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko
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