『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』レビュー/鍵という比喩に見る希望

個性的なタイトルが印象に残る映画、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観てきた。
知能は高いけれども、繊細で不器用でまわりとうまくやれない少年・オスカーが、一番の理解者であった父親を9・11で亡くし、絶望から再生に向かうストーリー。この手の作品は、自分が母親になってからというもの、ついつい過剰に感情移入してしまうわけだが、本作も然り。

子役のトーマス・ホーン君が泣かせるのだろうなと想像はついたが、父親にトム・ハンクス、母親にサンドラ・ブロックというオスカー俳優が出演しつつも、ふたりともずいぶん抑えた演技をしていて驚いた。代わりに、おじいちゃん役のマックス・フォン・シドーが、年の功を活かして、かなりいい味を出している。

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『もし太陽が爆発したとしても、地球に光が届かなくなるのはその8分後。8分間はいつもどおりでいられる。』

オスカーは、最愛の父の最後の8分間と繋がっていたくて、父が遺した「1本の鍵」に意味があると信じ、その「鍵穴」を探す行動に出る。このあたり、数ヶ月前に観た『サラの鍵』を想起してしまうが、鍵というのは往々にして比喩の要素が高く、本作では、オスカーが「自分の内なる世界から出て、未知の世界の扉を開いてゆく」という意味合いがあるのだろう。

鍵の手がかりである「ブラックさん」を探すため、ニューヨーク中のブラックさんを訪ねるオスカーは、その過程で、パニックを抑えるためのタンバリンを片手にしながらも、苦手だったものを乗り越えていく。
例えば、ひどい音をたてる鉄橋とか、飛び降りられなかったブランコとか、テロの恐怖から避けていた公共の乗り物とか。
文字通り、父の遺した鍵で、新しい世界が開けてゆく。

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そして、なかなか成果が出ず、くじけそうなオスカーのもとに、祖母の家の間借り人が現れる。
この老人、実はオスカーの祖父にあたる人物なのだが、どんな理由か口をきくことができない。ふたりは迷コンビよろしくブラックさんを探しまわり、間借り人は実働面ではほとんど役に立たないが、時に弱気になるオスカーの背中を押す役目だ。当然セリフはないけれども、ウィットに富んだ表情やしぐさだけで喜怒哀楽を表現していて、物語全体のユーモアとペーソスを底上げしている。


オスカーへの励ましの形が、間借り人のように鍵穴探しを共にすることや、ブラックさんたちの労わりのハグのように、目に見えるものもあれば、子どもの力を信じて陰で見守り、ひそやかに手助けするやさしさもある。オスカーの母親がそうだったように。
これぞ母親の忍耐を試される試練であろう。わが身を振り返ってみても、同じように黙って見守ることができるかどうか。

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とりわけ父親っ子だったオスカーは、母親との口論のシーンで、「(死んだのが)パパじゃなくてママならよかったのに!」と叫び、あわてて「本心じゃないよ」と取り繕うが、母親であれば、本心ではないにせよ息子にそう言わせてしまった自分のふがいなさにもまた、罪悪感を覚えるものだろう。

ラスト、鍵の本来の持ち主を探し出し、母親にも言えずに、自分の胸のうちに秘めていた事実を吐き出せたことで、扉を開けて一歩を踏み出す勇気を得たオスカー。
「9.11文学の金字塔」と評される原作の期待を裏切らない、前向きで、心地よい救いのある作品であった。
by chatelaine | 2012-03-29 23:25 | CINEMA

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