『金閣寺』レビュー/美文によろめいて・・・

赤坂ACTシアターで再演された、宮元亜門演出の『金閣寺』を夫と一緒に観に行った。

三島由紀夫の代表作で、そもそも戯曲ではない本作を、どうやって舞台に転化するのか?主人公にとって、完璧な美の権化である「金閣寺」をどうやって表現するのか?
湧き出る問いかけへの期待と、とんでもなく前衛的で退屈だったらどうしようという懸念を抱きつつ、劇場へ。

d0059811_335291.jpg

主役の溝口を演じるのはV6の森田剛。普段、役者というよりは、V6としてしか知らない森田君だけど、初演の際に評判を聞いていたので、安心して観ることができた。
吃音ゆえにまわりとうまくコミュニケーションをとれない孤独な青年・溝口が、金閣寺放火に至るまでの内面的変遷を、原作よりもわかりやすい形で演じていたと思う。

個人的には、内翻足というハンディキャップを持ちながら、それすら武器にして世を渡るという、屈折した自意識の塊である柏木が、一番の役どころではないかと期待していた。一般的には、三島は溝口を通して自身を代弁していると言われているが、わたしはむしろ、このシニカルな哲学者で、不敵で、挑戦的な青年・柏木が、どうにも三島自身と重なって見えたものだ。

本公演では柏木役を高岡蒼佑が演じていて、煩悶する溝口を脇に、柏木が出てくるとぴしゃりと場が締まりはするのだが、本来の柏木の奥からにじみ出る、尊大な劣等感とでもいうような屈折までは感じとることができず、少しばかり物足りなさを覚えた。
2階席だったので、役者陣の表情があまり見えなかったせいもあると思うが。

最後に、金閣寺(鳳凰)を人間が演じるというのは衝撃的だったけれども、普通なら、美の象徴というものは女性で表現しそうなところだが、擬人化された金閣寺が肉体美を誇る男性だったことは、ミシマイズムの継承というか、皮肉というか。
溝口が童貞を捨てようとする最中に、ことごとく邪魔するのが男性化した金閣寺なのだから、男色の想像も膨らむともいうもの。
なかなか示唆に富む舞台であった。

**********************************
舞台上でも三島の美文に酔うわ酔うわ。
「孤独はどんどん肥った、まるで豚のように」
「美というものは、こんなに美しくないものだろうか」
by chatelaine | 2012-02-06 23:26 | STAGE

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko