ずいぶんと長いあいだ、ブログを再開したい気持ちをもてあましていた気がする。昨年はその欲求をTwitterで飼いならしながら、年を越した。
仕事と育児と家事に追われる暮らしの中で、映画やお芝居の感想を忘れないうちにつぶやいたり、行きたいイベントの情報収集をしたり、Twitterはスキマ時間で使える、有効なツールだと実感した。 しかし、振り返りには向かない。あのとき観た作品の感想はどうだったとか、そのときわたしは何に興味があったのかとか、はたまた、誰と時間をともにしたのかなど、古い日記を開くように懐かしむことができない。 それは、思い出に浸りがちなわたしにとって、なにか致命的に物足りない気がしていた。 そんな中、昨年参加したワークショップで言われた、やりたいことのブレーキを踏んでいるのは自分自身では?という問いかけが棘のようにずきっと刺さって、やっぱりあとに残る文章を書きたいと強く思った。 ブログを再開するにしても、果たしてどこまでの文章で、どれくらいの頻度で、書いていけるものなのかわからない。 はじめにあまり気合いを入れすぎると、また思い通りに書けなかったときに歩みが止まってしまうから、観たものをすべて網羅するのではなく、心に響いた作品だけでも、丁寧に文章にできれば。 もちろん最愛のヨーロッパにも、ここのところ遠ざかってはいるけれど、募る想いを馳せながら、続けることを目標にして、まずは一年間やってみようかと思う。 ちなみに、5年前に書いたエントリの、元旦の計がこちら。 <2007年の元旦の計> 今年はひとつひとつのことばを大切に、止まっているようにみえて実はしっかりとひとすじの流れを作っているヨーロッパの河のように、ゆっくりとでも形にしていければ、と思います。 ああ、言いたいことは同じでも、表現力が5年前から退化しているような…。 がんばります。
前回の記事から大きなブランクがある。
一年半という、長くも短くもあるあいだに、 祖母と母の死、結婚、出産とが重なり、音をたてて人生が動き出した、と言っても大げさではないくらい、これまでの自分から変化した一年半だった。 最愛の人たちの生死にかかわる問題が、いくつもわたしの前を通りすぎ、 そのたびに命のはかなさと残酷さ、あるいはたくましさを痛感した。 そんな濃密な毎日に、その日のことをじっくり振り返って文章を綴ることが 難しくなっていった。この場で書かなくなって、なにか忘れ物でもしてきたような、もやもや感が続き、気づけば、職場復帰は目前。気もちばかりは、あせるけれど。 なによりも、いま、目の前に、自分の子どもがいるということ。 子どもによって得られる喜びと、一方で我慢しなければならないことの多さに、葛藤し、もまれながら、それでもできるかぎり自分らしくありたい。 そのうちのひとつが、わたしにとっては、たぶん書くことなんだと思う。 このブログのテーマであったエンタメからも遠ざかり、 ひとりで自由に動くこともできず、思索も中断を余儀なくされ、 さてこれから何が書けるのか、とためらいつつも、 まずはリハビリも兼ねて、子どもとの小さなエンタメを書き連ねたいと思う。 それがわたしにとっての、社会復帰の第一歩となると信じて。 ****************************************** 「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動(ゆる)がるれ」 (『梁塵秘抄』より) < 前のページ次のページ >
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