『フェリーニの8と1/2』レビュー

昨日のミュージカルに先立って、一応、原作の『8 1/2』を観ておきました。ただ、フェリーニの映画は、ハリウッド慣れした私には、一度観ただけではちんぷんかんぷん。

特に本作は、観念的だし、話が飛躍するし、なんでそこでそうなる?的なことが多すぎて…。もちろん一般的には、名作中の名作と言われてるので、単に私の理解力が足りないだけなんですけど。ミュージカルを観終えてから、なるほどと思った部分も多かったので、もう一度観てみました。


ストーリーを簡単に書くと、映画監督グイド(フェリーニ自身の投影)が、次回作の構想に悩み、悪夢や幻覚をみるようになって、静養に出かける。が、その静養地にも、次回作に文句をつける映画関係者たちやマスコミ、批評家、出演を望む俳優たち、愛人カルラが登場し、さらには妻ルイザまで呼び寄せてしまって、まったく静養にならない…という展開に。

この状況でグイドは、母との確執のもとになった、神学校での出来事がフラッシュバックしたり、登場する女たちを一つの家に住まわせて、ハーレムをつくるという妄想(潜在欲求?)にとらわれたり、構想に行き詰ると、自分のミューズである女優クラウディアを妄想の随所で登場させたり…。煩悩のオンパレード!(笑) さらに妄想の中で、自殺までしちゃうんです!

とにかく一見はちゃめちゃ。でも、二度目を観ると、ストーリーが一貫していることがなんとなくわかって、支離滅裂というわけではなかったんだな~、という程度には理解できました。ただ、ラストの大団円に至る経路が、やはりイマイチよくわからないのですが。(妄想で死んでみて、何かピンときたんだろうか?肝心な部分なのに…)


ではその一貫したストーリーとは何かというと、フェリーニは、芸術作品をつくりあげる際の苦悩を本作で描こうとした、ということ。

本当に自分のやりたいことをやり続けて、それが世間にヒットし続ける、なんてことは、一度ならともかく、ずっとはありえない。芸術といえども、観客なり読者なり、どこかで受け手を意識しないではすまされないのですから…。

そもそも、映画ならば、製作には莫大な資金が要って、おのずと制作サイドの要求も厳しくなります。「売れるものをつくれ」と。本作中でも、グイドは批評家・製作者にこきおろされてます。

「(君の構想は)前衛映画としての長所もなく、その短所だけを持っている」
「観客に何をさせたいんだ?考えさせたいのか?」
「…独り善がりでは困る。観客にわかる映画でないと」

それでもラストで、フェリーニはこう言わせました。

「駄作は製作者には損失だが監督には命取りになる…つまらない作品なら作るな」
これは、自分自身への誓い?まわりへの宣言?


俳優に関しては、私のお気に入りの、クラウディア・カルディナーレが、グイドに「霊感」を与えるミューズ、クラウディア役で出ていました。マルチェロ・マストロヤンニも、私、この人をカラーで観たことがないんですけど、渋い芸術家肌のグイドを演じてましたねぇ。昨日の別所さんは、かなり追いつめられて焦っているグイドのイメージだったんですが、マストロヤンニはその開き直りっぷりが、ラテン的で、さすが本家です(笑)

それから、音楽ですが、とってもキレイなメロディーで♪劇中で、ちゃっかりグイドも口ずさんでます。この曲、『ゴットファーザー』『山猫』のテーマ曲で有名な、ニーノ・ロータの作曲なんですね!確か、昔、CDを買ったなぁと思ってみてみると、ちゃんとこの曲も入ってました。知らない間に持ってるなんて、ちょっと得した気分だわ。


ちなみに、タイトルの『8 1/2』は、それまでのフェリーニの作品が、長編8本、短編1本だったからだそうです。この映画は、フェリーニが、これまでの自分自身を振り返るようにしてつくった映画なのかもしれません。

フェリーニの作品は、『道』しか観ていないので、これを機に、『甘い生活』など、ほかの作品にも手を伸ばしてみようかな。

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「自分のやりたいことをやりたいように作るのは、少しもむずかしいことではない。むずかしいのは、やりたいことをやりたいように作りながら、それをコマーシャル・ベースに乗せることだ」

塩野七生『人びとのかたち/嘘と真実』より、
フェデリコ・フェリーニへのインタビュー抜粋
by chatelaine | 2005-05-31 23:12 | CINEMA

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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