三大レクイエム比較

世の中には、三大珍味だとか、三大祭りだとか、三大美人だとか、とかく「3」という数字でひとくくりにされる事象が数多く存在する。

キリスト教では、3という数字はとても意味のあるもので、三位一体だとか、東方三博士だとか、美術史の中でも、よくモティーフになっている。

非キリスト教社会の日本でも、西欧化の中で「3」が意味深いものとなっていったのか、それとも古来から特別だったのか、それは定かではないけれど、ともかく「3」はなにかキリのいい数字らしい。
(どうやら今読んでいる『陰翳礼賛』にかなり影響を受けた内容だわ…)


最近クラシックを聴くようになって、三大レクイエム、という定義があることを知った。
モーツァルト、ヴェルディ、フォーレがそれにあたるのだけれど、先日友人からフォーレのレクイエムのCDを借りて、はじめて三大レクイエムをすべて聴いたことになった。


モーツァルト
この間のコンサートで聴いてから、ふとした瞬間に、メロディが脳裏をよぎる。そのたびに、映画『アマデウス』の、憔悴し、悪魔に憑かれたようになったモーツァルト(正確にいえばモーツァルトを演じたトム・ハルスの表情)が頭に浮かぶ。
私は彼の、栄光と孤独に満ちた生き方が好き。まさに、神に愛された才能ゆえに、死が早まったというような、パラドキシカルな生き方が。

ヴェルディ
はじめてコンサートで聴いたとき、あまりの迫力に椅子からずり落ちそうになった。よくバラエティ番組のバックで流れていたりするけれど、生で聴くと、身震いをおぼえるほど。
ロダン美術館の「地獄の門」のコーナーで、オーディオガイドから流れてきた音楽がこれだったので、「ヴェルディのレクイエム=地獄の門=ダンテ=ボードレール=悪の華」のラインが瞬時に繋がる。非常にあやうい精神構造…。

◆フォーレ
実は私はフォーレという人をよく知らない。どういう生き方をして、どういう死にざまだったのか、彼自身と「レクイエム」を関連付けられない。
だからかな、心のどこにも引っかからずに、すとんと落ちていく感じ。とても綺麗な声のコーラスも、ああ綺麗だな、で終わってしまう。どうしてもうわべの感情。
たぶん、生で聴けば、また違った感情が生まれるのだろうけれど。


レクイエムというと、死生観を表していたりするわけだから、当時の世相を鑑みても、どうしたってキリスト教の影響を免れない。
そういう意味では、レクイエムは、「三大」を冠するにふさわしいものなのかもしれない。
by chatelaine | 2006-05-10 23:06 | MUSIC

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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