湿っぽくても好きなひと

なにか漠然とした気分で本屋さんに行ったときや、だれか新しい作家の本を読もうと思ったときに、選書の基準になるのは、友人の薦めであることが多い。

その友人というのも、だいたい私と同じような傾向(純文耽美派嗜好・エログロナンセンス推奨・アンチアメリカイズム・西欧古典偏愛…要は虚学系)の友人の薦めと、まったくちがうタイプ(ビジネス書・自己啓発本・タイトル誇張の新書・ビバ欧米資本主義…要は実学系)の友人の薦めと、二通りのアドバイスを参考にする。


前者のタイプの後輩たちと飲んでいたときに、彼女たちは年下ながらに読書量が半端ではなく、またその質にも信をおいているので、現在私のはまっている小川洋子評を聞いてみたところ、「『博士の愛した数式』はまだよかったですけど、ほかは湿っぽいですよぉ」という見解が返ってきた。
とりわけ芥川賞作品の『妊娠カレンダー』は、湿っぽさが顕著らしい。

そのとき、湿っぽい、というのはなにか私の感覚とは違うなぁと思いながらも、『妊娠カレンダー』を読んでいないため、なんとも言えなかったのだけど…。

本日、以前に購入していた『寡黙な死骸 みだらな弔い』を読み進めてみると…た、たしかに湿っぽい!これは後輩の意見に流されているのかもしれないけれど、いままで読んだ小川さんの作品の中では格段にグロテスクだし、負の感情を持った人が多く登場する。
本当に「しめっぽい」という表現が的確。(あ、ひらがなだとさらにしめっぽさが増すわ…)


小川洋子『寡黙な死骸 みだらな弔い』中公文庫

最初の小話から、じめじめじめじめ…。

「もう息子は生き返らないと分かってからもずっと、私は一緒に食べるはずだった苺のショートケーキをそのままにしておいた。毎日毎日、それが腐ってゆくさまだけを眺めて過ごした。まず最初に生クリームが変色し、脂が浮き出し、とろけて回りのセロファン紙を汚した。苺は乾涸び、奇形児の頭のようになった。スポンジは柔らかさを失い、崩れ落ち、やがて黴びていった」


しかし、しょっぱなの数行で気づいたのは、小川さんは擬人化表現がうまいということ。『博士の愛した数式』『薬指の標本』でも、無機質なものに情感を込めるのがうまいと思ってはいたが、その魅力は一言でいうと、擬人化ということなのかもしれない。

「美しい泣き方だった。キッチンの雰囲気によく映える泣き方だった。…(略)…顔は見えなかったが、その代わりにあごのラインや、首筋の白さや、受話器を握る指の形に哀しみの表情が宿っていた」


本書は連作短編集ということで、11編の短編のそれぞれにリンクする部分がある。思わぬところで話がつながっていたりするから、湿っぽくても、読み進めるのが楽しみ。



さて、基本的に、私も後輩も、死んだ作家(いわゆる文豪)が好きなわけだけど、現代作家でいうと、村上春樹は別格にしても、池澤夏樹と舞城王太郎が後輩的な旬らしい。
ああ、どちらも読んだことがない先輩だわ。
『阿修羅ガール』は書店で手に取りつつ、いつも次回にまわしてしまっているし…ふぅ。
by chatelaine | 2006-05-01 23:48 | BOOK

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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