『白バラの祈り ~ゾフィー・ショル、最期の日々』   レビュー

白バラ、という言葉を聞くと、純粋とか高潔といった単語が連想される。ものすごく私的なことだけれど、かつて私の通っていた幼稚園が白ばら幼稚園といったので、幼少時代を思い出して懐かしい気持ちになることもある。

そんなことを考えながら観にいった、今年はじめてのドイツ映画は、『白バラの祈り ~ゾフィー・ショル、最期の日々』という作品。ナチ政権時に実在した反体制グループ「白バラ」のひとり、ゾフィー(ユリア・イェンチ)の処刑までの日々を描いたものである。

反体制運動を実行するのは初めの数十分だけで、確かにこのビラまきのシーンも緊張感はあるのだが、見どころはやはり、逮捕されたゾフィーが、ゲシュタポの尋問官や裁判長を相手にまわして、言葉で闘っていくところだろう。
本作は、言葉のやり取りによって、魂と信念を見つめていく物語だ。


全編を通じて主役となる言葉・ドイツ語の尖った響きが、尋問室に、法廷に、こだまする。敵を追及するのに適した言葉、声高に主張するのに適した言葉…この攻撃的なまでの鋭さゆえに、私はこれまでドイツ語は好きになれなかったのだけれど。

しかし、今更ながら、逆にドイツ語ほど、ナチ映画に適した言語はないだろうと思った。ナチス=ドイツなのだから当然といえば当然なのだが、たとえば日本語吹き替え版があったとしても、それでは本作の魅力が半減してしまうように、ナチの強烈なプロパガンダや演説には、ドイツ語ゆえの魔力的な効果も、微弱なりともあったのではないか、と思えた。


【以下ネタバレあり/二人のナチと】







取調室でのゾフィーの弁舌は、モーア尋問官(アレクサンダー・ヘルト)の怒鳴り声にも負けない、意志の強さが感じられた。「ノンポリです」と否認の仕方も堂々たるもので、「誇りに思ってるわ」と態度を一転、容疑を認めてからも、その毅然とした口調は変わらない。

ところが私は、彼女の意志があまりにも固いものだから、モーアに拷問にかけられるのではないか、同室の女性はスパイでは、あるいはコーヒーに自白剤でも入れているのではないか、と勘ぐってしまった。ゲシュタポならやりかねないと思うが、本作ではそのようなことはなく、お互いの意見のぶつかり合いが続く。
対話である。

モーアと対峙して、最後は尋問というよりも、お互いの信念を論じあうような展開になっていく。言葉のうえで、ふたりの関係は対等だ。


けれども、法廷では話が通じない。狂気の裁判長フライスラー(アンドレ・ヘンニック)は、押しかぶせるように、ヒステリックに、まるでそれ以外はありえないとするように、ナチ至上主義論を展開する。
まるで対話になっていない。それでも彼女はここぞというときに、ぴったりの言葉を発する。

「大衆が支持します」
「いまにあなたがここに座るわ」

このゾフィーの言葉は、ナチにとっては、まるで預言か、あるいは呪いの言葉のように聞こえたかもしれない。

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白バラの花言葉は、「純潔、尊敬、秘密、約束を守る」
また、白バラは聖母マリアを象徴する花のひとつでもある。
by chatelaine | 2006-02-01 22:56 | CINEMA

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