モンマルトル美術館

芸術の都・パリのなかでも、とりわけモンマルトルという地区は、ベル・エポックを牽引したアーティストたちが集った、エコール・ド・パリの発信地である。

これらの芸術家の中には、ユトリロやモディリアーニ、フジタなど、私の好きな画家も多くいて、モンマルトルを散策すれば、ここそこに彼らの気配を感じ取ることができる。だから、彼らが愛したモンマルトルを歩くのは、彼らを愛する私にとっては、とくべつ胸が躍ることなのだった。

d0059811_221525.jpgそして、そういった精神的な面以上に、モンマルトルの丘から見たパリは、視覚的にも美しい。
夕暮れどき、カフェに灯が入っていく光景は、夢の中のできごとのようでいて、ああ夜が来る、と現実に帰る瞬間でもある。


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モンマルトルのシンボル的存在であるサクレ・クール寺院から、少し脇に入った道に、モンマルトル美術館はある。美術館入り口、と表されたドアを開けると、そこはいきなりミュージアム・ショップになっていて、若干とまどいをおぼえるが、すぐに、人のいいマダムが、チケットはここよ、と教えてくれ、カウンターの横の小さな扉から、美術館へ続く中庭に出ることができた。
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この美術館は、もとはユトリロやルノワールが住んでいた家で、なにか大作があるというわけではないが、日常のこまごまとしたものから、19世紀のモンマルトルの雰囲気をつかむことができる、モンマルトル愛好者にはうれしい美術館だ。

たとえば、ロートレックの描いたカフェの看板。さらに、芸術家のたまり場だった酒場「オ・ラパン・アジル」のオリジナル看板や、「シャ・ノワール」、「ムーラン・ルージュ」のポスター。面白いのは、カフェのメニューですら展示されており、いっぱしのアートだということ。
当時の画家の活躍の場は、いまよりもっと身近なところにあったのだろう。

二階にあるバーカウンターなどは、ユトリロがアルコール中毒だったことを考えると、微苦笑するしかない。
もっとも、あとで調べたところでは、この家はカフェだった時期もあるらしいので、その時代の遺物かもしれないけれど、酒癖の悪さに酒場を追い出されることの多かったユトリロが、自宅で悪態をつきながらお酒をあおっているさまは、なかなか絵になりそうな気がする…。

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ゆっくり観ても2時間はかからないモンマルトル美術館を出て、5分ほど歩いたところに、バトー・ルヴォワールがある。日本語にすると、洗濯船、と妙に詩的な名前になってしまうのも、ご愛嬌。

d0059811_4325693.jpg赤貧時代のピカソが住んでいたことで有名なこのアトリエは、当時はおんぼろ長屋だったらしいが、火事ですっかり消失し、いまでは展示資料が少しだけ残る程度。
しかし、ここから美術史の一大転換が生じることを考えれば、行かずにはおけない。

この洗濯船に集まった芸術家たちは、モディリアーニもピカソもアポリネールもヴァン・ドンゲンも、みんな、異邦人だった。生前から評価された者もいれば、認められないまま死をとげた者もいる。

お互いにライバルで、ときには助けあい、お酒を酌み交わしながら、議論を戦わせる夜。そんな夜が、ここモンマルトルでは普通だったのだと思うと、どうしようもなく憧憬を抱いてしまう。

もしも、100年前のパリに生きていたら…そんな他愛もない空想をうち切るのはいつも、皮肉なことに、私の好きな、夜の入り口を知らせるカフェの灯だった。
by chatelaine | 2006-01-20 23:11

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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