ドラクロワ美術館

パリでドラクロワの絵を観ようとすれば、ルーヴル美術館へ行くのが王道だとずっと思っていた。「民衆を導く自由の女神」「キオス島の虐殺」「サルダナパロス王の死」など、彼の代表作といわれる絵は、みなこのルーヴルに展示されているのだから、おおむねこの考えは正しいのだと思う。

その日もそう思って、私はルーヴルの展示室で、ぼうっとドラクロワの作品群をながめていたのだった。

「ドラクロワ美術館には、行かれましたか?」
ずいぶん長いあいだソファーに座っていたものだから、きっと私がドラクロワのファンだと思ったのだろう。同じ絵をみていた初老の英国人が、ドラクロワ美術館の存在と行き方を教えてくれた。

実際のところは、ドラクロワが好きだからというより、足を休めるために、時間をとって観ていただけなのだが…。

それでも。ルーヴルからドラクロワ美術館へは、歩いて行ける距離だけれども、セーヌ川を渡らねばならず、最短ルートはポン・デ・ザール(芸術橋)を渡ること、という彼の説明は、私を喜ばせた。
私は、パリで唯一の木の橋、ポン・デ・ザールの風景が大好きなのだ。
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画家ウージェーヌ・ドラクロワを思うときはいつも、まったく関連がないにもかかわらず、映画『グリーンマイル』が自動的に思い出される。この映画に出てくる死刑囚の名前がドラクロワで、彼は眼をそむけたくなるほど非劇的な死に方をしてしまうのだが、どうやらそのシーンが、この画家の残虐なモチーフと一致していて、私の中でリンクされているよう。

そもそもドラクロワという名は、ほかではあまり聞かない。それなのに、妙にドラマティックな響きをもっているように感じるのは、彼の作風が、時事を劇的に誇張して表現することを良しとする、ロマン主義だからだろうか。

d0059811_6485812.jpg…などと思索していたら、美術館の入り口を見過ごしてしまった。この美術館はとても小さく、その入り口はいりくんだ路地の中にあり、たいそうわかりにくい。

ドラクロワが晩年を過ごしたこのアパルトマンは、今ではすっかり美術館として整頓され、家具を除いては生活ぶりをうかがうことは難しかった。ルーヴルの大作とはちがい、習作の小品が壁にいくつか展示されている。

離れにはドラクロワ自身が設計したアトリエがあるが、ここもさっぱりとしたもので、彼が製作していた姿はなかなか想像しがたい。少し物足りなさを感じながら、最後の展示室にある説明書きを読むと、この美術館の近くに、ドラクロワが壁画を描いた教会があるという。

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その教会、サン・シュルピス教会へは、歩いて5分ほど。老いたドラクロワが、教会へかようのに便利な場所を、ということで、さきほどのアパルトマンを借りたらしい。
いったい彼は、どの道をかよったのだろう。私が通った道も、ドラクロワは通ったのだろうか。

d0059811_7242292.jpg教会に入るとすぐ右に、ドラクロワの壁画と天井画に囲まれた側廊がある。
申しわけ程度に、「ドラクロワの作品です」という看板があるが、表示が目立たなさすぎて、気付かずに通り過ぎていく人も多い。


油彩に比べると、やはり壁画は風化していくものなのか、いつもの色彩より淡いと感じた。それは、いまからみれば、美術館には存在しない、大きな窓からたっぷり入ってくる陽光のせいだったとも思えるけれど。

ルーヴルでは決してみられない、陽炎のようなドラクロワの壁画は、教会にふさわしく、救いを暗示するようにゆらめいていた。
それは、若いころ、自分の道を文学か音楽か絵画かで迷ったという多才なドラクロワの、絵画に込めた祈りだったかもしれない。
by chatelaine | 2006-01-19 23:19

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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