ミシマづくし

年明けに、劇団四季で三島由紀夫の『鹿鳴館』をやるというので、チケットはもちろん、原作も読んでおこうと思って本屋に走った。本作は、表題作の『鹿鳴館』以外にも、三篇の戯曲が入っていて、非常にお得感がある。
(携帯で『ロクメイカン』と打っても変換されないのね…PCでは出てくれたので、安堵)


三島由紀夫『鹿鳴館』新潮文庫 読了

◆『鹿鳴館』
うーわー。早く舞台が観たい!四季は、どんな舞台美術でもって、この絢爛豪華な鹿鳴館を表現するんだろう。ちょっとやりすぎっていうくらいドラマティックな筋書き、まさに俳優芸術のための作品。

「青年というものは憐れなものだ。火のような行動と灰のような無気力との間を行ったり来たりしているが、そのどちらにも満ち足りない。自分には何でもできると思ったり、自分には何もできないと思ったりする」

まるで、『春の雪』の清さまのことを言っているみたい。


◆『只ほど高いものはない』
四篇の中では一番庶民的で、喜劇度が高い作品。それにしても、奥方の、女中に対する屈折した嫉妬の感情が生々しいわ…。ラストの主従の逆転も、皮肉がたっぷり練りこまれているし。

「体全体でこんにゃくのように笑わなければ、おまえは俺のおかしさを信じないのかね」
「いいえ、あなたのお顔は、冗談を仰言っている時のお顔じゃない!」
「俺の百面相の分類表とてらしあわせて見ているようだね」

庶民ならではの会話ね~。ほかが貴族モノばかりだから、ちょっとなごむ。


◆『夜の向日葵』
本作で一番好きかも。誰が誰を騙していて、裏切っていて、誰が誰の味方なのか…少し複雑だけど、人物関係が面白い。

でも一番興味深いのは、物語の中心にいながらにして、まわりの深謀遠慮を歯牙にもかけず、夫と息子の死、そして愛人の裏切りも何のその、ただただ「私は仕合わせよ」と言ってはばからない、主人公の天真爛漫さ(ずぶとさ)。
こういう人にそばにいられると、自分を矮小だと思っちゃいそうだから、お近づきにはなりたくないな。


◆『朝の躑躅(つつじ)』
舞台は豪奢を誇る貴族のサロン。しかし、時代とともに零落のきざしも見えて…頽廃ここに極まれり、といった感じ。経済界の新興勢力(成金)と、没落する貴族階級との対比が、ヴィスコンティ的。

夫人「何を仰言います。許しませんよ」
成金「もう一度仰言って下さい。『許しませんよ』 ああ、それこそ貴婦人の言葉だ。生まれながらのけだかい白い肌の言わせる言葉だ。私はその言葉が好きです。どうかもう一度…」
夫人「今度は私をなぶりものに、…」

笑っちゃった。もう一生やってなさい。
by chatelaine | 2005-11-10 23:44 | BOOK

欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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