『春の雪』レビュー/三島の書いた優雅

普段、映画は映画、原作は原作とわりきって、両方を楽しむようにしている私だが、大好きな三島文学の映画化となると話が若干変わってくる。
と、いうわけで、ナンセンスだとわかっていながらも、原作との比較になってしまいそう。


この、三島作品の中でも、群を抜いて絢爛豪華で、彼の美学の集大成とも言われている『春の雪(豊饒の海・一)』が、妻夫木聡と竹内結子の主演で映画化されると聞いたとき、それはたぶん一年ほど前だったと思うけれど、やめてくれという気持ちが、第一にわきおこった。

当時は「純愛モノ」がもてはやされており、そんなブームに乗って、三島作品が通俗的な「純愛」というカテゴリーに入れられるのが、どうしようもなくやるせなかったのだ。三島ほど、声高に愛を叫ぶことを、皮肉げにみていた作家は、そういないと思っていたから。(いまは逆説的に、そうでないのかもしれないとも思う)


じゃあ、映画を観なければすむだろうという話なのだけど、そこはやっぱり、怖いものみたさというか、いち映画好きとしても、どんな仕上がりになったのだろうという好奇心は押さえられず、そそくさと前売りを購入し、不安と期待の入り混じった気持ちで、新宿の劇場へ向かった。


本作は、意外なほどわかりやすかった。
ひとつの悲恋の物語として、ストーリーがわかりやすく圧縮されていて、映像もやりすぎない程度の味付けだったし、主演二人の演技も心配していたほどではなかった。

特に、私はいままで、妻夫木聡というと、熱血漢で正義感の強い青年、というイメージがしみついていて、清さまのように屈折した優雅さをたたえた公家なんて演じられるのかしらと、甚だ心配していたのだった。

でも、意外と雰囲気出ていたのでは?親の前でニヒルに笑うところなんて、なかなかどうしてそれらしかったし。

竹内結子は、呆けたような表情がうまい…というか、あれは地でしょうか?(笑)
しかし、洋装はそれなりに見られたけれど、着物の方は、完全に着られていた気がする。やっぱり和服の着こなしって、着慣れているかいないかが、素人でもすぐに見てわかっちゃうから…。それに、立ち居振る舞いなんかも難しいしねぇ。


全体的に、うまく恋愛部分を盛り上げて、難解な転生の部分をすっぽり省き、わかりやすくまとめたなぁという印象を受けたけれど、三島の言うところの「優雅」を感じ取るまでには至らなかった。
映像は美しいけれど、それは決して、優雅さとイコールではないということを実感して、少し悲しくなった作品だった。


【以下、てんでばらばらのネタバレ】






冒頭の演出が一番好きだったなぁ。あの歌留多のシーンと、伯爵と蓼科の陰謀。
無邪気と邪気。そして雪。
題字もよかったと思う。

大楠道代が演じる蓼科が恐ろしかった!彼女が登場人物の中で一番、私のイメージにぴったりだったかも。白粉の浮いた顔での服毒自殺…かとおもいきや、未遂。
のけぞる伯爵が傑作。

清さまの脇腹の三つのほくろ。原作に忠実に再現(?)されていて、別にこんなところで原作どおりに頑張らなくても…と苦笑してしまった。あのほくろは、続編を作るつもりなら、活きてくるだろうけど。

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「優雅というものは禁を犯すものだ、それも至高の禁を」(松枝清顕)

「こんなに生きることの有難さを知った以上、それをいつまでも貪るつもりはございません。どんな夢にもおわりがあり、永遠なものは何もないのに、それを自分の権利と思うのは愚かではございませんか」(綾倉聡子)

「優雅が復讐するときには、どんな仕方で復讐するだろうか」(綾倉伯爵)

(三島由紀夫『春の雪』より、お気に入り部分抜粋)
by chatelaine | 2005-11-04 23:20 | シネマ

◆◆管理人:yukiko ◆◆欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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