いちじくの表紙

昨日、ジャン・コクトーを読み終えたとなれば、やはり相方のラディゲが読みたくなる。ふたりは公然たる同性愛の関係にあったと言われていて、ラディゲが20歳で夭折したとき、コクトーは悲しみのあまり麻薬付けになってしまうほどだったとか。


書店でお目当てのラディゲの文庫をみつけて、その表紙に目を見張った。パックリ割れた、いちじくの果実の写真!意味深~。

というのも今日、バイト先で、いちじくと柘榴(ざくろ)の差異について、喧々諤々の調理議論(?)をして、両方の食べ比べをしたばっかりで。そのときに、いちじくの象徴性について、いろいろと思い出したものだから…。

柘榴を生果実で食べたのって、柘榴酒は飲んだことがあるんだけど、実ははじめて。見た目は美しい小粒の宝石!少し透きとおった、ルビーみたいな赤。味なんてこの際関係ない。本当に、こんなに綺麗な果物があるなんて、感激だった。なんでいままで知らずにいたのか。

一方、いちじくは、よく人間の血と肉(ゴメンナサイ)にたとえられるだけあって、非常に悪魔的ムードが…いや、美味しいのだけどね。旬だし。

そんなわけで表紙を見たときに、一瞬、いちじくの甘く熟れた風味が口内に戻ってきて。
うわぁ、こりゃまいりました…もう読むしかないという感じ。


個人的に、新潮文庫の表紙の装丁は、芸術の域にまで達しているものがあると思う。本作もそのひとつ。


ラディゲ『肉体の悪魔』新潮文庫

ラディゲが早熟の天才といわれるゆえんは本作だろう。なんせ、少年と人妻の恋愛悲劇、これを16~18歳のうちに書き上げちゃうのだから。
(「作家は経験したことしか書けない」と言ったのは誰でしたっけ?)

それも、裏表紙の紹介文によれば、「ダイヤモンドのように硬質で陰翳深い文体」によって書かれているらしい。が、はたして日本語訳で、その文体は感じ取れるのだろうか…やや不安。


「僕は十二の年まで色事などしたことはなかった」

普通はそうですから!…いや、でもフランスだし、100年前だし、12歳以前でもおかしくないのかもねぇ。


「生まれて初めて、僕は、自分と同じように早熟な少年と仲よくなった。…(略)…僕たちの年ごろの者に対する共通の軽蔑が一層僕たちを接近させた。僕たちは、自分たちだけが、物事を理解することができるのだと考えていた。結局、自分たちだけが女と遊ぶにふさわしい人間だと思っていた。自分たちこそ大人であると信じていた」

実は、この気持ち、わからないでもないけど…やっぱりどうみても傲慢!どうしてこの時代の文学のインテリな主人公って、こう不遜なんでしょう。
ただ、この先、自分でも御しきれない恋をして、悩み苦しみながら、こういう考えが打ち砕かれていくんでしょうね。挫折と屈折!

続きが楽しみだわん♪

************************************
聖書のなかで最初に登場する植物もいちじく。
アダムとイヴが楽園の木の実を食べたために裸であることの意味を知り、身体の腰の部分を覆ったのもやはりいちじくの葉だった。
(創世記3:6-7)
by chatelaine | 2005-10-28 23:39 | BOOK

◆◆管理人:yukiko ◆◆欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko