舞台『わたしを離さないで』レビュー

彩の国さいたま芸術劇場で上演中の『わたしを離さないで』を観に行ってきた。
さいたま劇場は家から遠いので、出産以来なんだかんだと避けてきたのだが、今回、大好きなカズオ・イシグロと蜷川幸雄のタッグともなると、行かないわけにはいかず。

蜷川が舞台化すると聞いた瞬間、絶対に観ると決めたほど、この原作は最近読んだ現代の外国文学の中でピカイチで、想像することさえ忌避したい絶望的な運命を、みずみずしい子ども時代の回想を織り交ぜながら、淡々と語る文体がほんとうに好き。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

カズオ・イシグロ / 早川書房

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観劇の直前に原作をひととおり読み返しておいたので、冒頭のラジコン飛行機と、教室に響く子どもたちの笑い声のBGMに、いきなり心が揺さぶられた。あの、ヘールシャムの子どもを象徴しているようなラジコンが、途中でぱたりと墜落してしまうのではないかと思ったが、それはわたしの思い過ごしだった。

原作を知らずいきなり舞台を観た人は、何かが起こりそうで何も起こらない状況の3時間45分に退屈したのではないだろうか。特に笑えるシーンや激しい言葉の応酬もなく、いつもの蜷川らしい過剰な演出もなく、小説と同じようにひたすら淡々と進む。そう、この舞台は、原作の持つ静謐さを忠実に体現していたと思う。

舞台では、人物名は和名に、学校の場所は日本に置き換えられていたけれど、「ヘールシャム」という言葉だけは残っていた。やっぱり「ヘールシャム」は、愛読者には特別な響きを持つ言葉だから、この固有名詞がセリフとして聞けてうれしかった。むしろ、ここだけあえて原文のまま残した演出をしているのであれば、なんて心憎いことか!


見所はやっぱり第三幕。鈴が二人の仲を裂いたことを悲痛に詫びるシーンと、マダムの家でヘールシャムの説明を受けるシーンが物語の佳境である。

「それではあなた方はチェスの駒かとお思いでしょう。けれども、あなた方は幸せな駒だったのです」

ヘールシャムにいたからこそ、子ども時代と、それに次ぐ青春時代があった。この物語の核となる、懐古に値する「人間らしい」青春時代が。

ヘールシャムの彼らに、保護された「子ども時代」が与えられたことは、きっと無駄ではなかったし、ここの生活で、彼らは愛されることと愛することを知ったはず。愛し愛された記憶は、過酷な現実を一瞬でも癒す力があると思う。いや、そう信じたい。

舞台では、BGMの子どもの笑い声が象徴するように、輝ける子ども時代を丁寧に描いていた。
そよ風が吹きぬけて白いカーテンが揺れ、遠くで波の音が鳴る青春の寮生活と、「宝岬」で波立つ未来への絶望との非対称性が、胸が締め付けられるほど苦しかった。
by chatelaine | 2014-05-11 23:12 | STAGE

◆◆管理人:yukiko ◆◆欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


by yukiko