『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』レビュー

ネイルサロンにて、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』をDVDで観た。

メリル・ストリープがサッチャー首相を演じ、アカデミー主演女優賞を受賞した作品ということで、さていかほどかと思って観たのだが、想像していた方向性といい意味でちがって新鮮だった。というか、メリルのあまりの演技力に、施術の2時間が一瞬だったほど。

英国初の女性首相ということで、辣腕をふるう「鉄の女」っぷりがメインで描かれているのかなあ、それならば言わずともメリルの独壇場じゃないか、と思いきや、冒頭から「まさかこれがサッチャー?」とも思える、足取りもおぼつかないおばあちゃんが登場。スーパーで牛乳を買うシーンなどは、ちゃんと買える?という不安さえ感じる。

そう、本作は政治家を引退し、老いて認知症になったサッチャーを軸にして描かれており、傍らに亡き夫の幻覚を見ながら自分の半生を振り返る、という手法で物語は進んでいく。つまりメリル・ストリープは、単に絶頂期の政治家サッチャーを演じればいいだけではなく、女として母として老婆としての演じわけが必要となり、これがとても同一人物が演じているとは思えないほどすばらしいのだった。
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そもそも、サッチャーの人となりや人生を、わたしはよく知らなかったので、食糧品店の娘だとか、女だとかいう理由で、苦労して上りつめた人だとは思っていなかった。劇中で、「私は闘ってここまで這い上がってきた」というセリフがあったが、反論がなかったのは、やっぱりこの時代もエリート育ちの世襲議員が多かったからなのかな。

というか、この時代に、「女が政治に口を出す」ことが、いかに規範外のことだったのか、はじめて理解したように思う。議会には女性用のまともなトイレもなければ、政治談議からは、「レディーはあちらへ」と、礼儀正しく(慇懃無礼に)外される。ただ、サッチャーはそれでもあきらめない。

話し方を変え、見た目を変え、どんどん政治家としての風格と威厳を身につけてゆくメリルは、まるで本物のサッチャーのように見えた。難しい問題にも妥協せず、あきらめず、効果が出るまで粘り強く貫く姿勢。もちろん、そのために犠牲にしたものもたくさんあったし、国民からの非難も激しかったようだ。在職期間は11年、後期は独善的な行動も増え、求心力を失っていく姿が政治家の終わりを醸しだしていた。
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サッチャーは求婚されたときに、「キッチンでお皿を洗っている人生は耐えられない。そういうしおらしい妻にはなれない。」と告白するが、この時代にそれを受け入れられる夫の方も、かなり懐が深い。
というか、この時代に「一般的な生き方から外れてもやりたいことをやるわ!」とマイノリティな生き方を選んで突き進もうと決めたふたりがすごい。当時サッチャーはまだ24歳だとか。わたくし、30歳を越えてもまだ仕事と家庭のバランスに悩んでおりますが…。

議員に当選してから、子どもたちをふりきって登院する姿は、次元は違えど自分の姿と重なって、とても心が痛かった。彼女が犠牲にしたものを表すのに、これほどの表現はないだろうし、大人になったサッチャーの息子が、結局一度も画面に登場しなかったことも、親子関係を示唆しているように思う。
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物語ラスト、サッチャーは医師に「ご気分はどうですか?」と聞かれ、逆に医師を諭すシーンがある。
「最近の人は、「どう感じたか?」ばかり重視する。そうではない。「どう考えたか?」が重要なのだ。考えは言葉となり、言葉は行動となる。行動は習慣となり、習慣は人格となる。そして、人格は運命となる。」

これを聞いたときは雷にうたれたようだった。この格言はマーガレット・サッチャー本人のものだそうで、彼女について、もっと知りたいと思った。
by chatelaine | 2013-08-10 23:58 | CINEMA

◆◆管理人:yukiko ◆◆欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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