パリで読む須賀敦子

今回、パリに持っていったエッセイたち。すべてが須賀敦子の作品で、彼女が愛し、書きとどめたヨーロッパを、私自身がヨーロッパで味わえたこと、絶妙のタイミングでこれらの作品と出会えたことに、もし出会いの神様がいるならば、感謝したいと思う。


須賀敦子『ユルスナールの靴』白水社 読了

須賀さんが、フランスの女流作家ユルスナールに魅せられて、旅好きだったユルスナールの足跡と作品を追う形で書かれたエッセイ。私はユルスナールの作品を読んだことがないけれど、本作の舞台がパリだということで、観光に疲れた日の午後に、リュクサンブール公園のベンチで読みふけった。

テーマは「旅」かなと思う。肉体的な旅だけでなく、精神的な意味での、須賀さんの言葉でいうならば「たましい」の旅。旅と関係性の深い、靴にまつわるエピソードが随所にちりばめられていて、『ユルスナールの‘靴’』というタイトルも頷ける。そして私もまた、旅の中でこのエッセイを読んでいる。この不思議な一致に、ほのかなうれしさを覚えた。

「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする」

おまけ。須賀さんは戦後すぐに渡欧しており、神戸からジェノワまで貨客船で40日かかった、という記述を読んだおかげで、私の帰りの飛行機が短く感じたことといったら!


須賀敦子『ヴェネツィアの宿』白水社 読了

三冊の中で私が一番好きなエッセイ。テーマはおそらく、家族とのつながりで、どれも死や別れといった負の要素で締めくくられているのに、ひたすら叙情的で、まるで小説を読んでいるかのような錯覚にとらわれる。

イタリア人の夫の死。
「死に抗って、死の手から彼をひきはなそうとして疲れはてている私を残して、あの初夏の夜、もっと疲れはてた彼は、声もかけないでひとり行ってしまった」

父親への想い。
「オリエント・エクスプレス。なんという夢にあふれた名だろう…父はこの列車の名を、彼だけが神様にその在りかを教えてもらった宝物のように、大切に発音した」

本当に、珠玉のエッセイとは、こういう作品を指すのだと思った。


須賀敦子『ミラノ 霧の風景』白水社 読了

実は、本作は出国前に少しだけ読んでいて、ページをめくるたびに、あ、これは日本で読むよりもどうせならヨーロッパで読みたい、と思い、他の二作ともどもスーツケースに入れることにした。そして、それで正解だった。

イタリア、そして女流作家ということで、須賀敦子は、よく、塩野七生と並べられることが多いように思う。私にとって、塩野氏は胸のすくような表現の持ち主で、その明瞭な文体に鳥肌が立つ存在。一方で、須賀氏は、ちょっと弱っているときに読むと、うっかり泣き出しそうになる存在。

須賀敦子の文章は、ふわっと真綿にくるまれたような安心感を与える文体で、パリでは日本語の本が久しぶりだということもあって、ますますおだやかな気持ちになれた。一人旅のときの、街に慣れはしても気を許しきれない緊張感、ピンと張りつめていた感覚が、じんわりと溶かされていくような。

本作では、たくさんの死や離別や苦悩が出てくるし、決して明るい小話ばかりではないのに、どうしてこんなに読後感が柔らかいのだろう。
まだ読んでいないいくつかの彼女の作品を読めば、この柔らかさの原因がわかるのか。でも、読みつくすのがもったいないな。
by chatelaine | 2005-09-30 23:03 |

◆◆管理人:yukiko ◆◆欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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