『NECワーキングマザーサミット』での気づき

少し前のことになるけれど、NPO法人マドレボニータ主催の『NECワーキングマザーサミット』に参加したので、そのときに感じたことを、Twitterでつぶやいた内容に付け加える形で、備忘録的にまとめておきたいと思う。

【現状の確認】
まず、サミットでの2回のシェアリングで確認できたのは、現状、強がりでも過大評価でもなく、職場や夫とのコミュニケーションに大きな不満はないということ。
寸劇にあったような、「①ワーキングマザーあるある」も「②育休あるある」も経験したが、今はこうはならない。

あるある①の「子どもが突然の発熱!」の場合、基本は夫婦で予定を調整するが、登録してある地域の病児保育と、100%対応保障の病児保育シッターという切り札を用意してある。これによって、お金と手間はかかるが、精神の安定と職場の信頼を担保している。
なにより、「わたしばっかり頑張っている」感がない。被害者意識に陥ることもない。この感覚は子育てをする上で、とても重要だと思う。

あるある②の「『今日は早く帰る』と言ったはずの夫が帰ってこない!」については、わが家でもよくあることで、こと育休中にいたっては、夫の帰宅を待ちわびては期待外れの日々だったので、夫に依存しているような自分がいやだった。けれども、夫なんてアテにしない、最初からいないものとする、という考えもまた、結婚した意味がなくなるようでいやだった。

2009年に初めて参加したサロンで、そんなパートナーシップにまつわるもやもやを言語化することの大切さに気づき、半年間のサロンサポーターを通じて、夫とどういう夫婦になりたいか?を見つめなおしたことが大きかったと思う。


もちろん、夫や職場に(おおむね)不満はないとする前提として、同僚や上司がワーキングマザーに理解があること。さらに夫が育児と家事の当事者意識を持っているということ。この二つが、対話の根本にある。

例えば、子どもが発熱のときも、「今日はわたしが仕事を休むから、明日はあなたがよろしくね」という50:50の関係が、夫とは当然のように成り立つ。
(逆に、twitterなどを見ていて、共働きでもこれが成り立たないという家庭が多いことに驚いたが・・・)

世の中には、「家のことをおろそかにしないなら妻が働きに出てもいい」という男性もいるようで、その(前時代的な)条件には驚きだが、「育児休暇?時短?この忙しいときに!」という無言の視線が痛い職場があることもまた事実だ。
確かにそんな夫や職場の雰囲気では、対話しようにも、相当のストレスがかかるだろう。この対話の素地の有無は、自分ではなかなか選べないので、その点は、わたしは恵まれていると思う。


【今後の課題】
その一方で、サミットでは、今の自分に欠けていることも見つかった。
特に仕事に関してだが、結局自分はどうしたいのか?本当にやりたいことは何か?ということである。
これは、はたらくうえで本質的な問題であり、就活の際にもさんざん考えたところではあるが、「いまは子育て中だから」と理由をつけて、問題を先送りにしがち、ブレーキをかけがちな状況だ。

しかし、「何がしたいのか?」から目を逸らさずに掘り下げないと、転職とかフリーとか現状維持とか、方向がブレまくる。身近にやりたいことはたくさんあるはずなのに、なんだかタスクみたいになっていて、「本当にやりたいこと」を見失っている。

わたしが生涯をかけて実現したいことって何だろう?
会社員とか、報酬とか、子育てとか、いろんな条件を横においておいて、わたしがやりたいことって何だろう?
それはまだはっきりと見えないけれど、目を開いて、考えることを怠らないようにしようと思った。
by chatelaine | 2012-01-27 23:55 | 日々のエンタメ

◆◆管理人:yukiko ◆◆欧州大好き、映画や舞台の偏向的レビューブログ。子連れになってリスタート。最近はもっぱら子連れ旅がメイン。


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