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自分ではきっと借りてこないタイプのDVD『世界侵略:ロサンゼルス決戦』を夫が借りてきて、つくづくSFに関しては趣味が一致しないなあと思いながらも、食わず嫌いはいかんとの思いで鑑賞。
本作は、謎の地球外生命体が世界各地の都市を侵略しようと攻撃してくるのを、ロサンゼルスの海兵隊が阻止しようとするという、なんともアルマゲドン風なストーリー。 ここぞというシーンでは、エアロスミスが空耳で聞こえてくるぐらい。 この海兵隊のある部隊に、やたらダイ・ハードな主人公がおり、敵陣に乗り込み、民間人を避難させるという、インポッシブルなミッションを完遂する。 もちろん、主人公が過去に部下を死なせて罪悪感をかかえている、というトラウマはお約束の設定。 地上も制空権も侵略者に奪われ、絶望的な状況の中、不屈の精神で戦う海兵隊。 しかし苦境を脱するには、チームプレーを逸脱してでも、突出したスタンドプレーヤーが必要なのだと実感。 さらに戦場では、状況に応じて即座に決断することが問われる。その決断がいいか悪いかは問題ではない。とにかくリーダーは「決めること」が重要で、実際の戦闘では、決めないことは部下の無駄死にを招く。これは、戦時のリーダーなら自明の理だろう。そして、リーダーはスタンドプレーヤーになってはならない。 と、いつかどこかで見聞きしたような作品なので、特段の驚きはなかったのだけれど、侵略者の基幹である中央システムの形状が、ラピュタらしき姿だったことだけ、記憶に残ったのだった。
予告編で気になっていた『灼熱の魂』という映画を観たら、これが観ている方の魂まで焼くほどの、すばらしくドラマチックなフィクションで、久しぶりに放心状態になってしまった。
本作は、遺言状から紐解くミステリー、というにはあまりに過酷で無慈悲な環境をくぐり抜けた、ある母親の半生の物語である。 それは、同じ女性として目を覆いたくなるほど苛烈で、私にとってはどこか遠い国のできごとなのだけれども、それでも、子どもを産んだあの瞬間に感じる気持ちへの共感と、「子を産む性」の持つどうしようもないむごさに魂を揺さぶられた。 ![]() レディオヘッドのあやうい曲と、中東の、どこか不穏な空気のただよう部屋に集められた少年の射抜くような視線、さらには意味ありげなかかとのタトゥーというオープニングに始まり、場面は変わって現代のカナダへ。 プールサイドで母親が倒れ、公証人の立会いの下、遺言を受ける双子の姉弟・ジャンヌとシモン。 姉へ「父をさがして、この手紙を渡して」 弟へ「兄をさがして、この手紙を渡して」 それぞれの遺言を果たすため、姉弟は、死んだと言われていた父と、存在すら知らされていなかった兄を捜すことになり、それは奇しくも母のふるさとをたどることになる。 そして物語は、現代の双子の視点と、母親であるナワル・マルワンの若き日の視点がオーバーラップしながら、交互に描き出される。話の節目ごとに入る、小説でいうところの章にあたるようなタイトルが、気が利いていて、原作が戯曲だと聞いて納得。 若き日の母親、ナワルは、宗教的に対立する相手との子を妊娠し、出産することは許されるも、産んだ直後に息子とは引き離される。いつか息子を迎えに行くと決意しながらも、内戦に翻弄され、死と隣り合わせの日々。 そしてナワルは、一つの事件を契機にある政治家を暗殺するのだが、政治犯として断罪されるとわかっていながら、なぜ自死を選ばなかったのか。また獄中での15年間、人間としての尊厳を踏みにじられるような拷問を受けながらも、彼女の精神を支えたものはなんだったのか。 引き離された息子に会うため?それとも? ![]() 双子が紐解いていく母の歴史は重く、真実は過酷だ。 自分たちは刑務所で拷問の結果生まれた子であり、さらに、父と兄の2人を探すはずが、実は1人だった、と理解したときの双子の表情。オイディプスのごとく冷酷な結末は、弟シモンが「知りたくない!」と反発する気持ちをあざけるかのようだ。 そして、ショックを受けた双子がプールに飛び込んで癒しを求めるシーンは、まるで母の胎内の描写で、特に、双子たちが抱き合うシーンはひとつの卵のよう。ここでも2人は1つ、を暗示している。 しかし直観ながら思う。彼らは、強く生きるだろう、母のように、強く。 ラスト、しかるべき父と兄に渡った遺言の手紙は、これ以上ないほどのメッセージを果たす。 この手紙は復讐ではなく愛だと思いたい。復讐を断ち切るための愛だと。 ******************************* 2通の手紙、抜粋。 父親へ あなたは知らないが、あの子たちはあなたが父親であることを知っている。 美しいわたしのこどもたち。 私はすぐに気づいたのに、あなたは気づかなかった。 あなたの娼婦 息子へ これは拷問人への手紙ではない。息子への手紙だ。 あなたが生まれたときに決めたのだ。なにがあってもあなたを愛すると。 あなたの母 *******************************
わたしの通っているネイルサロンでは、施術の間、好きなDVDが観られるサービスがある。 年末に行った『ヴェネツィア展』以来、ヴェネツィア熱が高まっていたので、今回は、ジョニー&アンジーの共演で話題をさらった『ツーリスト』をチョイス。
結論から言うと、もうこの映画、ストーリーは二の次。ひたすらアンジーの美しさをジョニーになった気分で追いかけ、ヴェネツィアの美観を愛でる作品だった。 冒頭から、アンジーの露出度は低いんだけれども妙になまめかしい姿にくぎづけ。全体的に今回のアンジーは、ファッションもアクション控えめで、淑女ふう。パリのカフェで朝食を取るシーンなんて、わたしの憧れるマダムそのもの。 化粧が濃いのが少し気になるけれど、ジョニーとの会話はなかなかウィットに富んでいて小気味よく、男を試すような煙に巻くような感じが、ヨーロッパ特有の、魔性の女の香りがする。 対するジョニーも、おどけた表情でうまくユーモアを出している。 ふたりの宿泊先は老舗のダニエリ。生涯に一度は泊まってみたいホテルだけど、ホテルマンは慇懃無礼な感じで描かれていた。このシーン以外にも、随所でアメリカ人は軽蔑の眼差しを向けられていたのが、皮肉っぽくて面白い。 本作の時代設定がいつなのかわからないが、スパイ・ミステリにしては、派手なアクションもないし、盗聴器や携帯電話ですら、クラシックな雰囲気を壊さないようにとの配慮からか、最低限のシーンでしか出てこない。キーパーソンとなる男、アレクサンダー・ピアースとの連絡手段はいまどき古風な手紙だし、とりわけアンジーとジョニーのふたりきりのシーンでは、まったく21世紀の現代感がない。まるで60~70年代の物語を装っているという感じ。 そのクラシックなムードには、やっぱりクラシックさが似合う街が必要で、ヴェネツィアは、『旅情』がまさにそうだけれども、本当に旅と男と女が似合う街。移動手段が船しかないところも、古風であり、非日常感が増す。 かつて、『007/カジノ・ロワイヤル』でもヴェネツィアが舞台になっていたけれど、ドンパチやらない本作の雰囲気の方が、わたしは断然好きだ。 都合がよすぎる展開とか、マフィアのボスが弱すぎるとか、いろいろ突っ込みどころはありつつも、主演ふたりとヴェネツィアに乾杯!という作品であった。
今年の映画初めは、1日に封切られた『善き人』にする予定だったのに、連休中の発熱により、図らずも夫が借りてきたDVD『X-MEN ファーストジェネレーション』が今年の1作目となってしまった。
『善き人』はナチ政権下の話だが、思いがけず、こちらもホロコーストのシーンから始まったので、偶然の一致に驚きつつ、ベッドで鑑賞。 本作は最近流行している、「シリーズのプロローグもの」なので、シリーズ本編を観ていることが前提なのだけど、なにげにわたしは、『X-MEN』シリーズはスピンオフ作品の『ウルヴァリン』を除いて全部観ているので、だいたいのキャラクターは把握している。 これまでのシリーズを観てきて、これは極端な話、持って生まれた異質性(コンプレックスという言葉ではなまぬるい)を隠して生きる?それとも活かして生きる?を問うている映画だと思う。 作中での異質性とは、特殊能力をもつミュータントのことだが、それは何の比喩かというと、現実社会におけるセクシャルマイノリティを指している(とファンの間では言われている)。つまり、本シリーズは、 ゲイであること(ありのままの自分)を隠して社会に順応しますか? それともカミングアウトして世論を受けて立ちますか? という現実社会のストーリーと読み換えることができる。 ミュータント・・・なんという隠れみの! そして本作は、「ファーストジェネレーション」という副題どおり、若かりしころのプロフェッサーXとマグニートーが出会ってから、袂を分かつまでのお話。 ナチ政権や冷戦などの世界情勢とうまくリンクさせながら、最初は仲間として過ごし、共通の敵であるセバスチャン・ショウと戦い、さてミュータントたちの今後は?となったときに、異なる結論を出したふたりは、別の道に歩むことを決める。 このときのマグニートーの揺れ動く心象描写は圧巻。ミサイルが千々に乱れ飛ぶ。 しかし本作で明らかになるマグニートーの生い立ちが、あんなに悲惨なものだったなんて、後付けの過去にせよ、同情を禁じえない。本作を観てからシリーズをみかえすと、マグニートーの方に肩入れしてしまうこと間違いない。 さらに、ミスティークとビーストのエピソードが象徴するように、ミュータントにも2種類あるのが、ミュータント内での対立の溝を深めている。 ひとつは、外見上は人間と変わらず、特殊能力を隠せるタイプ。 もうひとつは、外見からして異形のものであり、明らかにミュータントだとわかるタイプ。 後者の方が、より生きづらく、劣等感、ともすれば同胞に敵対心すら抱くのは当然と言えるだろう。 保守にせよ過激にせよ、どちらにしても、マイノリティには生きづらい世の中。 わたしがミュータントだったら、どちら側につくだろうか?傷ついても、ありのままの自分を出せるだろうか?と思いながらの2時間だった。
年末年始に、実家で子どもを遊ばせながら読める軽いミステリ、ということでチョイス。
個人的に、東野圭吾の作品は当たり外れが大きい気がするのだけど、同じ版元の『白夜行』『幻夜』がよかったので、期待しつつ…。 先の2作品には及ばずとも、なかなか読み応えありの秀作だったと思う。物語はふたりの主人公、鞠子と双葉の目線で、1章ごとに交互に進んでいく。 鞠子の章 「なぜ(育ての)母親は一家心中を計ったのか?」 双葉の章 「なぜ(育ての)母親はひき逃げされたのか?」 という謎を追っていったら、自身の出生の秘密にたどりつき、ひとつの恐ろしい仮説が浮かび上がる・・・というストーリー。 創ってはならない、創られてはならなかったものの、悲劇。なんだか『フランケンシュタイン』に通ずるものがあった。 でも、生命倫理を主題にしているわりには、研究者(創ってしまった)側の葛藤があまり描かれていないのが、少し残念。逆に、巻き込まれた側である、育ての親たちの深い愛情に泣けた。(特に鞠子の母) 体外受精でようやく授かった最愛の子どもが、自分にも夫にもまったく似ていなかったら? 実は自分の卵子ではなく、夫がかつて愛した女の卵子でできた子どもだったら? 夫の愛した女とそっくりの子を、自分の子として愛せるだろうか? 愛せないにしても、殺したいほど憎めるだろうか? 実際に殺せるだろうか? わたしなら? ・・・ と、想像しただけで泣けてきた。なんてつらい葛藤の日々を過ごしていたんだ、この鞠子母は。 また、「分身」である主人公のふたりが、いつどのようにして出会うのか、というのが見所のひとつ。 わたしは、結局ふたりは顔を合わせることのないまま物語が終わるのだろうと予想したのだけれど。(外れてた) それにしても、東野圭吾はつくづく映像化に向いた作品を書くね。 というか、最初から映像化を想定して書いているのね、きっと。 本作も2月にWOWOWでドラマ化される。長澤まさみが一人二役を演じるそうだけど、わたしは鞠子母役に感情移入すること間違いない。
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